かつて「産業のコメ」と呼ばれた超高性能の日本製半導体。自動車、家電から兵器に至るまで利用され、世界シェアの5割を得たが、いまでは1割以下。「日の丸半導体」はいかにして凋落したのか。その理由と今後の展望を、ジャーナリストの山村明義氏がレポートする。
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「完全復旧の見通しはまだついていません。新型コロナでベトナムからの部品の供給が追いつかないという複合的な原因もありますが、半導体不足も原因です」
大手ガス給湯器メーカー・ノーリツの担当者は、こう悲鳴を上げた。昨年秋から始まった国内の半導体不足が、真冬の12月に入ってもガス給湯器の納期の遅れとなって続いたのだ。そのためネットでは、「真冬にシャワーが急に水に変わって死ぬかと思った」といった悲痛な体験談が相次いだ。
今回の半導体不足は、給湯器だけでなく、エアコンなどの家電、ゲーム機、自動車などにも広がっている。
とりわけ懸念されるのは、日本の基幹産業である自動車業界だ。
今年11月の決算発表で来年3月期の減産台数の見通しとして各社が公表した数字は、トヨタは約30万台、ホンダは約80万台、日産約60万台、マツダは約20万台、スズキが約64.1万台――と自動車各社は軒並み大幅な減産に踏み切っている。
その原因には、ガス給湯器と同じく、東南アジアなどからの部品調達が滞った影響もあるが、長引く半導体不足が大きく反映したことは間違いない。
また、私たちが毎日使用している最新型のスマホには、メモリやイメージセンサー、Wi-Fi や Bluetooth といった通信、タッチパネルや指紋認証などの機能のため、5ナノメートル程度の微細な回路線幅の半導体が内蔵されている。さらにAI、航空機、ジェット機、ロケット、人工衛星など、民事商用に限らず軍事目的に使用される分野にも及ぶ。
つまり、現在の半導体とは、ワクチンやマスクと同じように、私たちの日常に欠かせない「生活物資」であると同時に、世界の軍事という生存基盤を支える死活的な「戦略物資」なのだ。
この戦略物資が失われると、巷ではフェイクニュースが流れ始める。
実際、今年前半には、「半導体不足の原因は、味の素だ」――という話がネットで飛び交った。曰く、「味の素のグループ企業である味の素ファインテクノ社(AFT)が製造しているABFという、半導体パッケージに使われる絶縁体フィルムの製造が追い付かず、品薄となり半導体不足となった」というのである。
ところが味の素広報担当に問い合わせると、「品不足は起きておらず、事実ではございません」と言う。つまり、今回の半導体不足と味の素の半導体の絶縁体フィルムとは、まったくの無関係だったのだ。
それでも、最近の国内の半導体不足は、「第二のオイルショックに近い」と懸念する声が出るほど深刻だ。が、半導体不足の原因の特定は簡単なことではない。それは、半導体の複雑な製造工程を見ればよく分かる。
IC製品としての半導体とは、物理的には電子回路を基板の上に集めた「集積回路」(チップ)のことだ。
一方、機能的には出入力、演算、制御、記憶、増幅、通信などの多くの用途に使用可能な「ビッグデータの集積手段」となる。
さらに一般的な半導体製造のプロセスから見ると、大きく言えば、設計後、シリコンウェハーに回路を作り込む「前工程」と、ウェハーチップを切り出し、パッケージングを行って実装する「後工程」の2工程で成り立っている。
例えば、後工程の作業だけを見ても少なくとも約400〜600の工程があり、細かい作業を含めれば千を超える。材料やデバイスと呼ばれる半導体部品については、例えば自動車で使われるものは約1500〜2千個もあり、半導体全体の種類も、制御など高機能化を促す「パワー半導体」や光を電気信号に変える「センサー半導体」、演算処理などを行う「ロジック半導体」、電源ICなどに使う「アナログ半導体」など数万種に達する。
これらの各工程や種類ごとに「半導体不足の原因」を調べることは難しいが、実はその大本には、日本固有の根本的な構造問題が存在した。
半導体製品を所掌する、経済産業省情報産業課の西川和見課長は語る。
「今回の国内の半導体不足には、制度的な理由と実態的な理由があると思います。制度的な理由は、主に国内外の半導体のサプライチェーンがなくなっていたこと。実態的には、パワー半導体やレガシー半導体の不足などで“パニック買い”が起きています。いま、自動車分野で起きている半導体不足は、最終製品の半導体不足というよりも、全体の需給ギャップが原因で火を噴いているわけです」
つまり、日本国内の半導体に需要を満たすだけの供給力がない、というのだ。
これは、日本企業の海外進出や工場閉鎖などにより半導体の国内製造能力が落ち、生産力が低下していることを意味する。
かつては「世界一の半導体生産国」だった日本――。「DRAM」と呼ばれるメモリ半導体を始め、1990年まで世界のトップ10には常に6〜7社が入り、売上高シェアでも、88年には世界全体の50.3%を達成していた。
そんな栄光の時代が凋落に転じたきっかけは、まず86年の「日米半導体摩擦での米国への完全敗北」だ。
通産省の無策で結ばれた日米半導体協定により、米国からの要求である「外国系半導体のシェア20%」を受け入れたため、日本企業が韓国のサムスン電子の半導体製品を売るような理不尽な時代が10年間も続いた。
ITビジネスアナリストの深田萌絵氏はこう語る。
「日米半導体協定が結ばれて、窮地に陥った日本企業に対して、すかさず“関税を逃れるために技術移転をしませんか”と台湾や韓国から持ちかけられました。台湾や韓国が、日米半導体協定を準備していたかのようなタイミングで入って来たわけです。そこで日本の企業はそれにやすやすと乗るわけです」
90年代後半に入ると、NECや日立、富士通、東芝といった世界のトップメーカーが半導体部門で赤字となり、その地位から陥落した。現在では11位のキオクシア(元東芝メモリ)が最高位で、今年11月12日には親会社・東芝が会社の3分割化を決定。キオクシア自体も、米ウエスタンデジタル(WD)社による買収が取り沙汰され、日本の売上高シェアは、往時の5分の1の約10%という有様だ。
いまや「センサー半導体を持つソニー、半導体材料・装置メーカーの一部を除いて、戦後の焼け野原に近い」(メーカー技術者)と自嘲気味に語られるほどの惨状となった日本の半導体。
その凋落の原因を、富士通元執行役常務の藤井滋氏(現SSC代表取締役)は語る。
「日本の半導体は70年代、80年代までは技術的にも世界のトップだったし、世界標準も作ってきた。2000年代からはその後も何とかなる、と言い続けてもう20年になります。とくに日本は半導体を使う顧客対応の部分がダメで、現在はデバイスと製造、それにEDA(設計自動支援ツール)やIP(回路開発データ)も上手くいかない。結局、日本はグローバル化した時に、本社の決断が遅く、組織人事も流動化しなかったことが大きいと思います」
90年代中盤から顕著になってきたのは、半導体技術の情報と人材の流出である。当時日本企業は、新興企業の韓国のサムスン電子やSKハイニックス、台湾TSMCから猛追されていた。
その陰には、日本人技術者たちの半導体技術情報の提供があった。当時、構造不況に陥ったメーカーでは、雇用形態や人事制度も変化した。そこで日本の半導体業界でもリストラや賃金カットが行われると、日本人技術者のヘッドハントによる海外流出が相次いだのだ。
「韓国の一流企業クラスだと、(日本人技術者の年俸は)3千万円から4千万円になる。多くは3年契約で、所得税は5年間無税。中には1年目は4千万だけど、2年目は3千万円、3年目は無報酬というケースもあり、中国はお金と女で報酬は日本の数倍だけど、本当にお金を持って帰れるかどうかわからないリスクもあった。それでも日本人技術者は海外へ行ったわけです」(藤井氏)
一方、当時の日本人技術者の平均年収は、特別な手当もなく、製造業としての全国一律型の賃金制度の上に、40代で450万円程度。これでは勝負にならない。
ある元大手メーカーの半導体技術者もこう認めた。
「90年代中頃から多くの日本人技術者が毎週末、韓国や台湾へ“土帰月来”と呼ばれるアルバイトで日本の半導体技術を教えに出向いた。私はそこで知り合ったサムスン電子の幹部から提示された税抜き2年契約の毎年更新、年間3千万円という条件でヘッドハントされました。当時会社からは給与の2割カットを言い渡されていたので、思い切って会社を辞めて2年だけソウルに行きましたが、日本は外国に比べて情報管理もまったく厳しくなかった。私自身、多くの日本人技術者が日本の半導体コア技術の情報を韓国に漏らすのを実際にこの目で見ました」
挽回策の一手として日本半導体業界は2000年代の初め頃から、「日の丸半導体株式会社」を旗揚げした。
99年に設立されたエルピーダメモリ(以後エルピーダ)と、2003年にスタートしたルネサスエレクトロニクス(当時はルネサステクノロジ)の2社である。
とくにエルピーダは、日立とNECを中心に、三菱電機も加わり、「日の丸半導体」を背負う存在として期待された。ところが当初のDRAMの市場シェアは2%程度と低迷。そこで日体大を卒業し、米テキサス・インスツルメンツ日本法人出身の坂本幸雄氏が02年、新社長に起用され、約10年間エルピーダの経営面を担った。
しかしその後、円高とリーマンショック、東日本大震災で急速に経営が悪化。12年にエルピーダは破綻に追い込まれた。最終的にエルピーダは、米マイクロン社に1100億円の債務を委譲する形で売却された。
その後、坂本氏自身はコンサルタントに転身。台湾と中国に進出し、米国の経済制裁対象となった「清華紫光集団」の半導体企業の元役員と組み、一昨年子会社の「IDT」を川崎市に設立したものの、今年6月に会社を閉鎖している。
その理由を「新型コロナの影響だ」とする坂本氏自身が当時をこう振り返る。
「日本の企業の半導体事業は事業部の一つに過ぎず、半導体企業の社長といえど、投資予算や人件費は全部本社が握り、事実上は社長ではなかったことが大きかったと私は思います。企業から人をスピンアウトさせても、なかなか上手くいかない。エルピーダへの300億円の政府補助金にしても、とてもこれでは無理だと思いました。やはり当時でも3千億円は必要で、いまでもTSMCは政府から4千億円受け取るとされていますから、1桁違いました。日本政策投資銀行からも、100億円の融資と約300億円の出資金の合計400億円でしたが、それしか出ないなら仕方がないだろうなと思っていた」
エルピーダ破綻は経営トップの坂本氏の責任も当然大きいが、いま検証すると、経産省など日本政府の諦めも早過ぎたといえる。
今年5月に自民党の半導体推進議連を設立した甘利明前幹事長はこう語る。
「過去の日本半導体の敗因は、まず80年代に大型コンピューターからパソコンに移行する際、CPUを作る能力も含めてその時流の変化に気付かずに、安いメモリやCPUが使われるようになっても、とにかく高い品質にこだわり、乗り遅れてしまった。さらには、日本の独自の製造プロセスにおける旧態依然とした自前主義、業態の構造としては垂直統合型システムによる弊害などの問題があった」
国の支援で失敗した「日の丸半導体」については、
「日本は自国システムの自前主義に陥ると、ユーザーの目線が通りにくくなり、アップルのようなユーザー向け仕様の製品が出てきません。もっと設計を重視するファブレス企業を作り、(価値や強みを持つ)シーズや(ユーザー重視の)ニーズを敏感に察知すべきだったのです。しかし、日本はまだ国内の半導体のマザーマシン(装置)や材料の分野では、世界のシェアを確保している。だから、日本の半導体は、いまのうちに国際的な連携によってジャパンアズナンバー1・アゲインを目指すべきです」(同)
実は、日本の半導体は、国内の「内的要因」以外にも、為替や国際情勢の「外的要因」に影響されやすい。
19年、トランプ政権下の米国は、米中対立(デカップリング)政策の中、ファーウェイを含めた中国の半導体製品に対し、厳しい規制や制裁を開始した。
同時に台湾のTSMCに対しては、中国に輸出していた先端半導体の調達を停止させ、米国内で工場建設を誘致するという「台湾融和工作」を進めた。
ちなみにTSMCは現在、世界一の先端ロジック半導体の微細技術と大量製造能力を併せ持つ、台湾を代表する世界的企業に成長した。
バイデン民主党政権の現在、米国議会でも、半導体の自国生産を促進する法案である略称「チップス・アクト」の予算付け作業が行われている。世界的なキーワードは「内製化」、つまりは半導体の国産化だ。
一方の中国は15年に制定された「中国製造2025」で、半導体の70%〜の自給率拡大を目指している。
「いま世界はDX、デジタル社会の到来で、デジタル情報を人権やプライバシー、民主主義に生かす自由主義陣営と、中国のように国家のシステム統治に利用するという全体主義陣営に分かれて、“世界標準”が激しく争われています。その中で半導体は、例えばコンマ秒単位で相手の信用度を測ったスコアをデータによって高度な計算をし、解析する具体的な仕事を果たしている。だから、DXの進化と、半導体の開発競争の進化とは、表裏一体の関係なんです。今回の新型コロナの蔓延で分かったことは、国内の製造拠点がなかったために、サプライチェーンが不足したということ。日本の半導体も上流から下流まで、前工程から後工程までを国内で押さえておくことがベストです」(甘利氏)
ここに至って「日の丸半導体」は、かつてのような「産業のコメ」ではなく、「国際連携」によって日本を強化する「情報インフラ」と化した。そして現在では「世界的なグリーン政策とデジタル政策で、30年間で弱体化した日本の半導体産業がゲームチェンジする。今後積層化や光電融合デバイスなど新技術で日本にチャンスが再度到来するという期待論がある」(半導体アナリスト)という。
具体的な動きとして、国内でもTSMCは日本政府から約4千億円の補助金を受け、ソニーグループと共同での熊本工場の建設が決定。ほかにも現在、東大や産業技術総合研究所(産総研)と共同開発を行う計画が進行中である。
産総研に聞いてみると、安田哲二エレクトロニクス・製造領域長がこう答えた。
「具体的な研究開発の内容も、国際連携では典型的なウィン=ウィン関係になっているものと思っています。例えば、最先端のチップ・オン・ウェハ・オン・サブストレートと呼ばれるチップの3D3層構造のパッケージング実装まで行う予定になっています。サーバーなどの高性能計算向けなどのパッケージング技術においては、TSMCは世界でトップクラスです。産総研との共同研究では、(高性能計算などを行う)ロジック系の半導体に搭載される半導体の後工程の開発を一緒にやるということで、産総研は新材料や新プロセス開発を担当し、インテグレーションと呼ばれる(半導体材料や部品を)統合していくところをTSMC社が担当する。この最先端のインテグレーション技術は日本企業が持っていないのです。日本に欠けているインテグレートの部分を国内で一緒にやることは大きなメリットがあります」
つまり、これから日本はTSMCの持つ「微細化技術」ではなく、「3DIC(3次元集積化)」を用い、半導体チップを縦に重ね合わせた「積層化技術」による技術の高度化で活路を開いていくというのだ。
瀬戸際の経産省も言う。
「“通産省と経産省がアホだった”と言って頂いて構わない。我々も反省しているのですが、日本では半導体がなぜ必要なのかが国民に伝わらないといけなかった。半導体産業を守るのではなく、デジタル化で日本が生きていくために半導体は極めて大事で、国民によるコンセンサスが必要なんです」(前出・西川氏)
だが、それでも一部には、「日本の得意技である半導体材料・装置の技術情報が流出し、再び海外勢に振り回されることになるのでは」と懸念する声も根強い。
いずれにせよ、現在の日本の半導体は、もはや待ったなしの状況を迎えた。
確かに日本には、経済安全保障上の国家戦略では製造拠点作りと新技術開発は重要である。しかし、同時にいまは海外勢と互角以上に戦える情報能力、優秀な日本人技術者を厚遇できる企業意識の深化、そして明治維新の渋沢栄一のように多大な社会インフラを構築するリーダーの登場が何より大事な時期なのだ。
山村明義(やまむらあきよし)ジャーナリスト。1960年熊本県生まれ。金融業界誌などを経て、政治・行政・科学を中心のテーマとするジャーナリスト。最近では半導体を含む「日本のものづくり」をテーマに執筆活動を行う。『財務省人事が日本を決める』(徳間書店)など著書多数。
「週刊新潮」2021年12月23日号 掲載